2023/03/10 16:41


収録「黒猫は泣かない。新装版」

たしかサンデーでデビューしてすぐ、21、22くらいの時に描いた話。

この作品は、物凄く不思議でおとぎ話みたいというか、
当時、誕生日にカフカの『変身』を友達がプレゼントしてくれて、たまたまそれを読んで
「男が虫になる話でも書いてみようかな…」と思ったのが最初だった気がする。
(それと、元々考えてあった『三途の川アウトレットパーク』の設定が上手く合致して出来た記憶が。)


そこから、
「死んだ虫の眼をしてる。親父によく言われた。」
という冒頭の一文ができてからは
不思議な程スムーズに最後まで書けた。

この話を読むといつも思うのは、
結局自己犠牲は自己満足で、どこまでいってもたぶんそれはそれ以上でもそれ以下でもなくて…

その人のことを思ってした選択が、
その人の為になるか、その人が望んでいるか、は
また別の話なんだなぁ、と。
自己犠牲ってやっぱかっこよく見えるし、自分に酔ってしまいがちだけど、そこを忘れないようにはしたいな、と。

それと、
最近になって人に言われて気づいたんですが、僕の漫画には、家族や血の繋がりみたいなものを描いた漫画が少なくて、(ちょっとはありますが、圧倒的に少ない)

それはなんでかというと、たぶん自分自身が基本的にそういうものをあまり信用していないからだと思います。(誤解されないよう言っておくと、否定しているわけではなく、「信用していない」ということ)


家族だけじゃなく、
教室のクラスとかもそうで、
たまたま割り当てられた環境が
いいものだった人はいいと思うんです。

毎日楽しく、笑って、たまにケンカして、泣いて、そんな風に過ごせるのなら、
それはすごく素敵なことだと思うし、
よかったね。って思う。

ただ、世の中にはそうじゃない人もいて、

毎日、家族で夜ご飯を笑いながらいっしょに
食べることが当たり前な人もいれば、
それが夢になる人もいます。

僕はそうでした。


それは本人に依る力もあるのかもしれないけど、圧倒的に運の要素が強い気がして…

「なぜたまたまその環境に生まれたってだけで、酷いことをする人たちといっしょにいなければいけないの?」
「なぜ血が繋がってるってだけで、
たまたま同じクラスってだけで、
無理矢理仲良く遊ばなければいけないの?」

と、
ずっとそう思って生きてきました。

今この歳になって思うのは、

血の繋がりなんて全く全てじゃなくて、
たまたま与えられた環境下に
同じように分かち合える人がいなくても、
考え方、価値観が合う人がいなくても、
全然気にすることないと思います。
    
人のことを思いやって、
優しく、強くありたいってずっと思い続けていれば、
いつかきっと自分と似た誰かと、
心の底から笑い合える日が来ると思います。

この3人みたいに。


酷いことをする家族より、
いっしょに笑い合える他人と
いた方がいいに決まってます。
絶対に。

と、僕は思います。
あくまで個人的に。




冒頭でも言った通り
この作品は自分にとってかなり不思議で、

自作が実写化されるという
一生に一度あるかないかの経験をさせてもらえたり、
不定期ながら連載させてもらえたり、そういう面でも本当に感謝していて、この漫画自体がとても奇妙な道を辿っているなあ、と。

そういえば初めてファンレター(ネットの感想ではなく)を貰ったのもこの作品で、当時は当然実写化の兆しすらなく、雑誌の片隅に載っていただけで、(雑誌でもなかったような…なんか雑誌の付録のちっちゃい冊子)なのに出版社に行ったら
担当さんが目の前にポンと一通の便箋を投げ、
「ファンレター、よかったね、
珍しいよ。新人の読み切りに。」と。

今の時代、紙でわざわざこんな無名のど新人の、

しかも読み切りに

ファンレターを出す人など本当に稀有で、

それは自分の作家人生において

初めて実感を伴って漫画が読者に届いたと思える瞬間で、あれがなければ今自分はここにいないかもしれません。宝物です。


もし自分がここに行くとしたら
何を買うだろう…
たぶん大して徳ないから
なんにも買えないだろうなあ…
大切な人と笑って終わりたいなあ…
来世の自分に怒られるかなあ…

なんて、そんなことを思いながらおわろうかと。

また他の作品で。
読んでいただきありがとうございました。